Archive for 10月, 2011

2011/10/30

Bike the Coast

今日は私の住む町モンバサに、あらたに魅せられた日。

友だちに誘ってもらい、Bike the Coastというサイクリングツアーに出かけた。

モンバサの村々を走り、高台から湖畔を臨み、マングローブの間を抜け、アップダウンの丘を越えて、小高い山のてっぺんから、モンバサをインド洋まで一望するという計24kmコースを選んだ。

サイクリングというと聞こえは爽やかだけれど、舗装されていないでこぼこ道を、マウンテンバイクでごりごりと進む。

通り過ぎる村落では、水汲みや薪割りや料理と忙しく働くお母さんたちや、ぼーっと過ごす家畜の動物たち、無邪気な子ども達の姿。

みんな“Jambo!”(元気?) “Mambo!”(げんき?) “Mzungu!”(外人!) “ Karibu!”(ようこそ!)と声をかけてくれる。

挨拶を重んじるケニアの文化は、町よりも断然に田舎の方に残っていて、みんな人なつこい。

見る景色すべて愛おしく感じるようないい時間を、自転車の上で、そして自転車の脇で過ごした。

ここで今生活してる事に、改めて感動したりした。

村の子ども達が風車の作り方を教えてくれた。自転車につけて走ってみせたら喝采!

Mtwapa creekはマングローブの緑がもこもこと茂って美しい。

ここでかじった生キャッサバのあの甘みは、きっとしばらく忘れない。

私の愛車は左から2番目、お尻の風車が目印。

ガイド2人に導かれ、目的地の小高い山に無事到着。

休憩と寄り道しまくりで、のんびり5時間かけてのゴールだった。(本当は3時間くらいが目安らしい。)

何度もなんども、「ショートカットあるよ。」「ショートカットしたら楽だよ」とガイドに囁かれていた私たち。

そんな選択肢はない!と断固拒否してがんばった甲斐あり。

もうすぐインドに帰ってしまうLisaと過ごす貴重な一日は、強い日差しもお尻の痛さも苦痛じゃない程に、しあわせ三昧だった。

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2011/10/27

Somalia

ケニア政府がソマリアへケニア軍を侵攻させてからもう12日が経過した。

相次いだケニアでの外国人誘拐事件に伴い、イスラム過激派アル・シャバーブのこれ以上の犯罪を阻止するためと始まった戦争。

ケニアの首都ナイロビへの報復攻撃が予告されてから、国内で爆破テロとみられる事件が続き、今後さらに治安が悪化すると心配しているところ。

 

コーストでの生活はこれまでと変わらず、私自身は元気で毎日をすごしています。

でも楽しい日々の中、とっても揺らぎ易い平和の上にいるように感じる。

今回のケニア軍のソマリアへの侵攻や爆破事件等の出来事ももちろん。

深刻な干ばつが原因での、ぐんぐん上昇していく物価に直面して考える事も多い。

買ったばかりのフレッシュミルクを開封したら、なぜかヨーグルト状だったり。ここでも気を抜けないとは。

これまでの人生、文字通り“平和ぼけ”していた自分。

発展途上国と呼ばれるこの国で生活する中で、これまでよりも自分がたくさんアンテナをはるようになってきた気がする。

 

ソマリアから家族で避難して来たという生徒が、学校に数名在籍していて、その中の一人、快活でおしゃべりが好きな13歳の彼女が、ソマリアでの暮らしについてよく聞かせてくれる。

「学校に、銃をもってくる男の子たちがいて、行くのが怖かった。」

「外も歩けるよ。でもばんばん音がしたら、それは歩けないとき。」

「私の家族は逃げてこれたけど、友達はみんなまだソマリアにいるから心配。」

「ソマリアに戻りたい。生まれた国だから。」

 

どんな国も、こうして人から成っていることは、ニュースからはなかなか見えない。

彼女が生きたい場所で生きられるように、ソマリアが安全に暮らせる国となってほしい。

 

写真はモンバサタウンで昼寝する猫達。なんとも和む穏やかな風景だった。

きっとソマリアから来た彼女から見たら、平和慣れしているケニアの暮らしと人々。

そしてケニアの人々から見たら、ものすごい平和慣れしているぼけぼけの日本人の私。

誰よりも気をつけましょう。

2011/10/20

SPECIAL OLYMPICS

10月20日はケニアではMashujaa Day(英雄の日)という祝日。

そんな今日はコースト州の特別支援学校が一同に集まるSPECIAL OLYMPICSに、子ども達と一緒に参加して来た。

Lions clubという中国の会社がスポンサーで毎年開催しているらしく、想像以上に大きな規模だった。

非日常に、らんらんと顔を輝かせる子ども達。

100m走、袋に入って100mぴょんぴょん走、200m走、400m走、800m走、リレー等が競技内容で、それぞれ障害や年齢別に競い合うというプログラム。

時間通りにはいかないと思ってたけど、プログラムでは9時からが競技時間だったのに、やはり競技が始まったのが11時だった。

本当に計画的でないというか、準備が足りないというか、もう何も言葉が出ませんというか。

でもそれを普通に受け入れる、懐が深いケニア人たち・・・。

 

そんな中、私はゴールした子ども達を1〜3位までつかまえるというHuggerという役を突然いただき、次々にゴールしてくる子ども達をキャッチし、記録係のいる場所まで連れて行くのに奮闘。

競技がやっと始まって5レースくらいした所で次は、「レースは一度中断して、マーチにうつりまーす。Presidentが来ますのでー。」と放送が流れる。

全く理解できず、一体誰が来るのかと周りの人に聞くと、「大統領よ!キバキ大統領が来るのよ!」という。

まさか、と何人に聞いても「キバキ大統領、あいつが来るんだ。」とか「大統領がわざわざ来る程の大会なのよ!」とか言う。

そしてマーチの体制になり、なかなか現れない大統領を待つ事30分。

大きな拍手の中現れたのは、Lions Clubの社長だった。

これすらまた普通に受け入れる、懐が深いケニア人たち・・・。

 

競技では1〜3位に入賞すると、メダルやタオルがもらえるので、子ども達だけではなく先生も必死で勝ちに行く。

まっすぐ走れて、足の速い子ども達を、校長先生が選抜して予めエントリーさせていたことを行ってから知った私。

私の学校は統合教育を目指していて、障害のない子ども達も在籍しているので、もちろん彼らの方が競争で走らせたら早い。

エントリーされたのは半分以上健常の子ども達で、Special unitから出れたレースに子ども達はたった10人程だった。

つまり障害が比較的重度な私のクラスの子ども達は誰一人、芝のグラウンドで思い切り走る事も、競技用のTシャツ来てないからとマーチに参加する事も許されなかった。

広い緑のグラウンドを前に、ただただ座って過ごす子ども達を見ていると、申し訳ない気持ちになり胸が痛んだ。

そして、それを当たり前だと言う同僚達との感覚の違いに、ちょっと途方に暮れてしまった。

まっすぐ走れないなら、手を繋いで一緒に走ればいいのに。

100mはちょっと遠くて目標を持ちにくいから、ゴールが見れる20mくらいで走らせてあげたい。

どれもSPECIAL OLYMPICSの為に、ゴロゴロ石の広場で子ども達と一緒に練習したことだった。

参加できる方法があるのに、それを模索せずに、子ども達の可能性を閉ざしている。

私の学校に限らず、レースに参加しているのは足の速い障害が軽度な子ども達ばかりだった。

ケニアの特別支援教育の現状・課題を垣間見た。

ちょっと凹んだ後、ここでここからやっていくんだと、気持ちがシャンとした。

 

腑に落ちないことも多々あったし、炎天下4時間くらいHuggerの仕事が続き頭くらくらだったけど、コースト州にある特別支援学校の先生や生徒達と関わるいい機会でもあった。

何よりいつも教室で見て来た子ども達が外に出た時に見せる、いつもと違う表情。

いいものいっぱい見て、よく笑った。

移動はマタツで。日本の7人乗りのハイエースサイズに、数えたら32人乗ってたよ。