暴力の連鎖

9月から学校で子ども達と接し始めてから、ずっと直面してきたこと。

ここでは、教師が正しい教育の方法であると信じてあたりまえに体罰を行う。

平手打ちや拳骨はいい方で、木の棒を使って、子ども達の体をきつく叩く。

私がどんなに必死に注意しても、へらっと笑ってふざけている子も、他の先生が木の棒を手にしたとたん、顔色を変えて行儀よく振る舞う。

「生徒から尊敬されたいなら、妙子もこの方法を使わなきゃ。」

と言われたこともあった。

「障害のある子ども達は、口で言っても理解できないのよ。この子達はこうして賢くなるの。」

と口を揃えて言う教師達。

間違っていると思うとはこれまで言わなかったけど、私はその方法は使いたくないということは折々で伝えていた。

子ども達へ愛情があるのは同じ。

でも体罰という手段を使う彼らのやり方に、疲れたり目を背けたりしてきたのも事実。

でもこれが“今の“ここの現状であることを受け入れ、私が違う方法で子どもたちとの関係を築き、それを示すしかないと思ってきた。

 

でも何より一番受け入れ難いのが、子どもたち同士の暴力。

まるでコミュニケーションかのように、殴り合いをする。

そして殴っても殴られてもケロッとしていることも多い。

先生の真似をし、自分より理解のゆっくりな友だちを、木の棒を使って殴り従わせる。

「やられたらやりかえしなさい。」

と教師は教え、暴力を振るわれて泣きついて来た子どもに、監督下で殴り返させる。

喧嘩の原因を話し合ったり、友だちの痛みを考えさせたりすることはない。

 

先週から新たにクラスに加わった生徒Benは、愛嬌のある少年だが、嬉しい時も気分の悪い時も人に手が出てしまう。

体格も大きく、人を追いかけるのが好きで、よだれが常に垂れているBen。

その風貌や特徴から、他の生徒の的になってしまっていた。

Benも力が強いので、やられたら怒ってさらにやりかえす。

Benにすぐ手がでる癖を止めさせたくても、止めさせるための指導に教師が体罰を使う。

終わりの無い暴力のやり取りに直面し、疲れ、気をつけなきゃと思っていた矢先に、今日事故が起きた。

BenとSammyという生徒のやりあいの末に、Sammyが投げた木のブロックが、近くにいた別の生徒のこめかみに当たり、出血する怪我をした。

いつ起きてもおかしくない事故だった。

私にしたら、その状況も事故も全面的に教師に責任があると感じた。

でも他の先生達は、ブロックを投げたSammyを全面的に非難し、こてんぱんにこらしめて終わらせてしまった。

Benもちょっとお仕置きをくらった。

友だちを傷つけたSammyに殴り掛かった数人の生徒は、何ひとつ非難されなかった。

 

Sammyが悪いのか。Sammyを挑発したBenが悪いのか。

そんな簡単な話じゃなくて、ずっとずっと続いて来ている数々の暴力が引き起こした、ひとつの事故だった。

そのとばっちりを、大口開けて笑う友だちに優しいGraceが受けた。

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