もちつもたれつ

ここ最近はゆったりまったりBamburiにてポレポレ生活。

午前中は学校に行って、補習に来ている普通学級の生徒達と時間を過ごしたり。

教材作ったり、今後の作戦考えたり。

友人の家に行ってテレビ見たりケニア食を食べさせてもらったり、同僚と遊びに出かけたり、家に招待してもらったり。

本読んだり、ネットしたり、昼寝したり。

子ども達のいるターム期間中はこうはいかないので、思い切り休みを謳歌している。

 

今日も同僚と3人で、モンバサのタウンを散策し、海辺を散歩、そしてソーダを飲むという、こちらの若者の定番の過ごし方をしてきた。

そして気付いた事があった。

ケニア流 “もちつもたれつ” が、私にも染み付き、自然にできるようになっている、ということ。

 

こちらでは奢ったり奢られたりのお金のやりとりが日本より自然に行われている。

最初の頃は、「10シルある?ちょうだい。」「ソーダ買ってくれない?」と友人に言われると、路上で顔見知りでもない人にたかられる時と同様に、いい気がしなかった。

ムズング(外国人という意味のスワヒリ語)だと思って、お金を出させようとしているのだろうと警戒していた。

でも最近は、喉が乾いて一緒にソーダを飲みたければ友人の分も自然にソーダを買ってるし、友人からもマタツ代を払ってもらったり、道ばたで買い食いするキャッサバや芋などの軽食を奢ってもらったりすることもしょっちゅう。

このちょっとした小銭のやりとりの裏にある、もちつもたれつ、Give and Take、助け合いや共有の感覚が、自分もケニア化してきたことに今日気付いた。

私の場合はまだまだ、信頼関係が築けた相手とのみこの話が成り立っているのだけれど、ちょっとした顔見知りの人にご馳走になる事も多いから驚く。

今日も初対面の人と立ち話をしていたら「まあ冷たい水でも飲みなよ!」と水買ってもらったり、良く行くヘアサロンの常連さんと偶然会って挨拶したら、小腹へってない?と道ばたで売ってる芋の天ぷら買ってもらったり。

金銭的に余裕がある人に奢ってもらうのはよくあれども、決して裕福ではない人たちからも奢ってもらうことがこうしてある。

 

見返りを求めているのだろうかと考える事もたまにあるが、単純に、良くしてもらうと嬉しい。

優しくされると、心がほんわかする。

私も私にできる方法で、何かを返したくなる。

ケニアの“もちつもたれつ”には、様々な社会的な背景もあると感じるけれど、違和感を感じなくなった自分がなんだか嬉しい。

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