私の勤める学校について

私の働く学校は、障害のある子どもが障害のない子ども達と一緒に学ぶ統合教育を進めている。

在籍児童の半数以上に何らかの障害があるが、障害のない子ども達も通っている。

なので、普通学級ももちろんあり、軽度の知的障害の子ども達や肢体不自由障害の子ども達で勉強についていける子は、それぞれが力に合った普通学級で学んでいる。

それが難しい障害のある子ども達が、私の担任している特別支援学級にいるというかたち。

 

ちょっとその普通学級についての話をすると・・・

これまた、これが学校で良いのかと思う程に、曖昧な仕組み。

ケニアでは一般的にプライマリースクール(小学校にあたる)が8年あり、もちろんシラバス等もある。

でも私の学校は1~3年生がひとくくりで一クラス、そして5年生、6年生、7年生と一クラスずつあり、普通学級は計4クラス。

あれ・・・4年と8年どこいった?

と思うけれど、でもそんな野暮な事は聞かない。

ないものはない。

そして計4クラスあるのに、先生は3人しかいない。

あれ、先生の数足りてないんじゃない?

と思うけれど、これを聞いても野暮。

いないものはいない。

 

安い給料が主な原因で、教員の入れ替わりも激しく、慢性的な教員不足。

最近はとんでもないことになっている。

最初に4人いた特別支援学級の担任は、一人減り、二人減り・・・

7月、ついに私一人になった。

もう言葉にならない大変さ。

今まで積み重ねてきた僅かな進展も、がたっと崩れた。

私の体力気力もがったがた。

もちろん2クラスを一人では見れないので、寮母さんや寮父さんにも色々頼むのだけれど、文章にするのも悲しい状況だった。

そんな最近、運営責任のある校長先生に、はっきり物申す事も増えている。

責任を果たすことがまったくできない大人たちに、がっかりさせられてばかり。

スワヒリ語で「責任」という語は一体あるのかどうか、辞書でひいてみたりもした程。(あった。)

行き当たりばったり、その日暮らしの教育現場。

今後この学校はどうなっていくのだろう?

 

こんな状況下でも救いなのは、子ども達が目を輝かせて学校にやってきていること。

がんばらなくちゃ。

 

 

p.s.そして今日、学校を飛び出して辞めたもう一人の特別支援学級の担任が、歯を一本抜いてひょこっと出戻ってきた。いつまでいるか知らないけど、とりあえず良かった。私はもう、そんじょそこらのことでは動じない。

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