目を背けてはいけないこと

1月、多くの生徒が学費のスポンサーであるNGOの判断によって、公立の特別支援学校へ転校した。

彼らは家族やコミュニティーを離れて、隣町の学校の寮で暮らしはじめた。

 

最近になり、近所に住んでいる保護者達より、子ども達が適切にケアされていないと悩む声が聞こえてきた。

担任していたJumaaという子の親は、もう学校に戻さないつもりでJumaaを連れて帰ってきたらしい。

気になったし、家もわりかし近いので、ひょこっと家庭訪問をしてみた。

Jumaaによく似たおばあちゃんが庭先で大量の魚を揚げていたので、匂いにつられてすぐ場所が分かった。

おばあちゃんは嬉しそうに出迎えてくれ、Jumaaとお母さんを呼んだ。

まんまる太っちょだったJumaaはずいぶんスリムになっていたが、嬉しそうに笑って寄ってきた。

お母さんは学校の話と連れ帰ってきた経緯を、目に涙をいっぱいにためて話してくれた。

「学校で我が子を死なせるくらいなら、側においておく。」

そう言って、腹をくくったような険しい顔をした。

 

そして今日は校長先生と一緒に、施設見学と職業訓練の見学もかねて子ども達の転校先である学校を訪問した。

369人の障害のある子ども達が在籍しているマンモス校だが、十分に広い学校の敷地、羨ましいスペースの教室と学校寮。

だが圧倒的に子ども達の日常生活の世話をするワーカーや教員の数が不足していた。

寮に漂う便の臭いに、子ども達にたかる蝿の数に、車いすから落ちて泣き叫んでいるのに気付いてもらえない子どもを前に、息を飲んだ。

 

学校の敷地内をうろついていると、どこからか私の名前を猛烈に繰り返し叫ぶ声がした。

私を呼んでいたのは担任していたKamauだった。

嬉しくてKamauのもとに行ったが、話しかけても目をそらしなぜか最後まで無視された。

さみし・・・。

でもkamauなりのメッセージなのかもしれない。

 

寮ではFaithとの再会があった。

とっても痩せてしまったFaith、車いすやベッドから落ちたのだろうと思われる傷が体にいっぱいあった。

表情はとても乏しく険しく、姿勢を変えてもらっていないのだろう、体はがちがちに固まっていた。

Faithの好きだった曲をいくつか歌って、やっと小さな笑顔が見れた。

変わり果てたFaithを目の前に、どこにぶつけたらいいのか分からない悔しさを感じた。

 

ケニアでは、学校にも行けない家からも出られない障害のある子ども達が、まだまだたくさんいる。

そんな背景があるから、「障害があるのに学校に行けるだけ幸せだ。」と言う人もいる。

でも彼らの目の輝きを知っている私からすると、そんな幸せを彼らに勝手に押し付けてほしくない。

 

目を背けてはいけない現実がまたひとつ。

明日はこの問題に関して、保護者とNGOによる話し合いが行われるそうだ。

 

 

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