ナーサンの母との出会い

先日学校の掃除をしていた時、4歳の男の子とその母親が学校を訪ねて来た。

男の子はナーサンという名前の、小さな体つきの子で、知的・聴覚・言語・身体障害がある。

母親は我が子の成長のためにどんな環境や教育がいいのだろうかと悩み、様々な学校や施設を回っているところだった。

 

校長先生が学校を離れていたのでその帰りを待つ間、ナーサンを間に挟んで母親と話をしていた。

子どもの障害に対する葛藤、ここまでの成長への苦労と喜び、これからへの不安。

母親が私に語るのをナーサンがじっと見つめていたので、「今私たちがナーサンの話をしてるって分かってるね。」と私が笑うと、

「そうなの!この子はこう見えて色んな事を分かっているのよ。」と母親の目がなんとも愛しそうにほころんだ。

 

日本以上に子育てが母親の仕事と社会的に位置づけられているケニア。

それに加えて、障害のある子どもの出生に対して、“母親の責任” “母親の行いが悪かったから”“呪われた”という誤った偏見も強い。

それに父親がいないケースもあまりに多い。

それでも我が子と前を向いて生きる母親、子どもの成長を願って一生懸命な母親、逆境も笑い飛ばせる母親が、ここケニアにも日本と同じ様にたくさんいる。

尊敬せずにはいられない。

 

私自身、ケニアの特別支援教育について、ケニアにおける障害者への福祉や医療について知らないこともまだまだ多い。

ナーサンの母親が訪れたという他の特別支援学校の中に初めて聞いた名前があったので、昨日見学に行ってみた。

Exif_JPEG_PICTURE

学校とリハビリ施設が同じ建物内にあり、規模こそ小さいがケニアの中ではとても進んだ教育と療育を実践していた。

クラスは課題別の少人数グループに分けられていて、全ての教室にちゃんと先生がいる・・・だけでなく副担任までいてチームで指導にあたっている。

授業時間には子ども達がみんな何かに取り組んでいる。

セラピールームでは、理学療法士や作業療法士や言語療法士が子ども達のリハビリにあたっている。

正直、こんな所がケニアにあったのか!と驚いた。

 

けれど「びっくりするほど学費が高くて・・・」とのナーサン母の言葉通り、午前中のみの通学で学費が年間10万kshを越えていた。

これはケニアの一人当たりの年間GDPを遥かに上回る額で、私の同僚二人分の年収で、ケニア人のお茶のおともであるマンダジという揚げパンが1万個も買えてしまうくらいの大きなお金である。

ここにもまた、この国の抱える尋常ではなく深い社会のギャップがあった。

この教育を受けれる子ども達は、この国でほんとうのほんとうに一握り。

必要としている人のほとんどには届かない。

 

日本への帰国を前にした私は、ナーサンと母親がこれからどんな道を行くのかこの先知る術もないけれど、いつまでも二人の中にあの愛情に溢れる空気が流れ続けてほしい。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。